「校長室」カテゴリーアーカイブ

校長先生からのメッセージ

2023/08/28

校長室

記録的な暑さで始まった夏休みでしたが、どのように過ごされましたか。

学校という集団での学習がいったん止まり、出された課題やそれ以外の体験をしたり、夏休みの期間を満喫されたことと思います。暑くて家から出ませんでした・・・という方も、学校に行っていると普段はすることのできない家事の分担を目にしたり、実際にその一部を家族の一員として担ってみたりする機会もあったのではないでしょうか。

これらの経験は、一人ひとりの力となって、これからの生活の中で役立てることのできるものとなるでしょう。

さあ、2学期が始まりました。成績の括りでは前期の後半(10月6日まで)となり、学期末でもあります。前半のまとめをしっかりして、さらに前進していけたらよいと思います。

学期の初めですので、初心に戻って今年の目標「イエス様のように」をここで再確認してみたいと思います。

私たちの目標は、イエス様の人となり・考え方を模範としています。人からしてもらいたいことを周りの人にしなさい(What Would Jesus Do? イエス様はどうなさる?)・・・を毎日の生活の中で意識して、一つひとつの(一瞬一瞬)場面で活かしていくことをさらに実践してほしいと思います。

三育教育の目指すところは、イエス様によって、イエス様に似せて創造された当初の人間の姿への回復です。一学期よりもさらに一人ひとりが、自分のことばかり、自分にとってよくなることを考えるのではなく、周りにいる人の表情や感情、心情を読み取りながら、感じ取りながら、優しく対応することに取り組んでほしいと願っています。

お友だちに嫌な思いをさせてしまったことがある人は、お友だちのためになることをいつも考える努力を始めてほしいです。授業時間と休み時間のけじめがうまくつけられなかったという人は、しっかりけじめをつけて新たなスタートをしてほしいと思います。授業中の態度があまりよくなかった人は、自分から進んで授業に参加するように気持ちを切り替えて取り組んでみてください。一学期と一味違う取り組みを、今日始めてほしいと思います。

模範とするの「範」の字には、かた・ひながた・手本・モデルというような意味があります。イエス様を模範として2学期のスタートを切ってほしいと思います。

校長 野口秀昭

 

校長先生からのメッセージ

2023/07/21

校長室

「夏」

「夏」と聞くと、なぜか子どもたちはウキウキし始めます。大人はというと、内心ウキウキの気持ちをグッと押し殺して、暑さに茹だりながらも仕事をする毎日でしょうか。長期休暇で家にいる子どもたちを案じながらも。

学校では、夏は振り返りの時でもあります。4月に進級、新入学して、夏休み前まで約4か月。当たり前かもしれませんが、この間に、いくつも新しいことを学習し、またそれらを基に新しいステップの学習にチャレンジしてきました。この間を振り返り、足りない部分を補い、練習不足の部分をスキルアップして、次の学習に繋ぐこと。そのためにも振り返りをすることが大切になってくるのです。

日本の学校で行われる学習の特徴としてあげられるものに、スパイラル方式というものがあります。同じ領域の事柄を、学年に応じて何度も繰り返しながら、少しずつ難易度が高まり、単純な内容から発展させた内容へと深まっていく方式です。ですから振り返りが有効になってくるのです。

ひと昔前までは3学期制の学校が普通でしたので、このタイミング(夏)で通知表が渡され、通知表を見ることで必然と振り返りを促すという状況がありました。本校もそうですが、近ごろは2学期制の学校も珍しくなくなり、通知表をこの時期に渡されないことも増えてきているようです。

先日は、個人面談が行われ、お忙しい中、お時間を作ってくださって、今学期の学校での様子を情報交換することができたのではないかと思います。

振り返りに際して、皆さんはどのようなポイントに注目されますか。

人間の脳には、ネガティブなことに注視しやすい機能(ネガティブバイアス)が備わっています。たとえポジティブなことがあったとしても、ネガティブばかりを気にしてしまいやすい仕組みなのです。

成長したところを認めてもらうと、人は、新たな課題にぶつかっても、「成長の機会」としてプラスに捉えることができるようになると言われています。

このようなわけで、子どもたちが自分自身で自分を幸せにできること、それがほかの人たちを幸せにするためには必要なのです。この幸せな状態を維持していくことが特に大切なのです。

振り返りの時、夏を、賢く利用したいものです。目標を目指して。

「神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。」フィリピの信徒への手紙3章14節

子どもたちの夏休みの間の生活の上に、神様の守りとお恵みが豊かにありますように祈ります。

校長 野口秀昭

(写真は公文の進級証書とおすすめ百冊修了の証書とプレゼントの授与式の様子です。)

   

   

 

校長先生からのメッセージ

2023/05/31

校長室

「光」

「輝け、光の子」これが2023年度の運動会のテーマでした。さらにそれぞれクラス目標を立てて臨みました。60人の子どもたちは、それぞれ「光の子」として輝くことができたのでしょうか。

聖書エフェソの信徒への手紙5章にある「光の子として歩みなさい」という言葉は、今回の運動会のテーマ聖句です。この聖句の直前には「あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています」と書かれています。そして「光の子として歩みなさい。光から、あらゆる善意と真実が生じるのです」と続きます。私たちが「イエス様のように」生活しようとするとき、私たちはイエス様(光)とつながって、イエス様から私たちを通して、善いおこないが促され、正しい判断がなされていくのです。光の子は、自らの力で輝くのではなく、イエス様の光を反射して輝くのです。まるで太陽と月のような関係ですね。

聖書は「あなた方は世の光である。・・・あなた方の光を人々の前に輝かしなさい。」と勧めています。三育小学校の子どもたちは、毎日の生活の中で、様々な経験を通じて、光を輝かす方法を学習していくのです。

久しぶりに三育小学校の運動会が戻ってきました。ここ数年やったことが無い、ほとんど忘れかけていた演技や種目を準備するのには、大変な労力が必要でした。連休をはさんで長いこと練習してきたものを、見事に発揮して、それぞれの力を出し切った運動会だったのではないでしょうか。大勢のみなさんに見つめられて、競技にもご参加いただいて、またお手伝いいただいて、子どもたちは、イエス様から受けた光を輝かせることができたと思います。本当にありがとうございました。

運動会の日は、「母の日」でもありました。いつも一番お世話になっているにもかかわらず、なかなか面と向かって「いつもありがとう」の一言が伝えられないのではないでしょうか。

日ごろから、いつものことであっても、どんなに小さなことでも、人にしてもらったら「ありがとう」と言えるとよいと思います。                                        校長 野口秀昭

校長先生からのメッセージ

2023/05/01

校長室

「 愛 」

始業式・入学式から3週間が過ぎようとしています。緊張していた一年生も、今では休み時間に運動場で、元気に上級生たちに交じって遊びまわっています。また、運動会の練習が毎日行われ、トラックを走ったり、鼓笛や和太鼓をはじめ、いろいろな競技や演技の練習に励んでいます。上級生たちが、本当にやさしく、温かく一年生をサポートしている様子を見ると嬉しくなります。

私たちの三育小学校では、聖書の教えを土台として、様々な教育活動を行っています。今年度も学校目標を「イエス様のように」として、さらにステップアップを目指しています。

聖書の中でイエス様は、「愛」をその場面に合わせてさまざまな形で表現されました。その「愛」は、三育の目指す真の教育の基礎となる大切なものなのです。

中世の日本にキリスト教を伝えたポルトガルの宣教師は、聖書にある「神の愛」を「ご大切」と訳して伝えたそうです。

イエス様の示された愛は、私たちを「かけがえのない大切な存在」として扱い、思いやりの心を大切にし、惜しみなく与え、人の心を満たす愛なのです。足りないところばかりで、理想とする自分とは全く違う、そんなわたしたちに、イエス様は「そんなあなたがとても大切なんだ!」と声をかけ、愛してくださっているのです。

「富は、天に積みなさい。」(マタイ6章20節)「行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。」(マタイ19章21節)

富は貯めるものですが、聖書では「貯める=あげる」・・・だというのです。周りの人に分け与えるのです。周りの人に親切にする、自分の得意なことや身につけた力や知識を駆使して、周りの人を愛するのです。

愛することは、他の人をそのまま受け入れてあげること、優しくしてあげること、その人がしてほしいと思っていることをしてあげることなのです。これらは、子どもから大人まで、それぞれの分に応じて、簡単にすることができるのです。

自分の身の回りのことや自分の物ばかりに気を奪われず、イエス様を見上げて、イエス様のように、人のために喜んでしてあげることのできる一人ひとりになっていきたいものです。

聖書に、「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」「隣人を自分のように愛しなさい。」とあります。

三育教育は、このような揺るぎない聖書の価値観を実践していくことによって生まれる、優しさ、強さ、賢さを将来への土台として、神様と人へ奉仕をできる「人」を育くむことを目指しています。

校長 野口秀昭

  

校長先生からのメッセージ(4月)

2023/04/11

校長室

新入生の皆さん、また転入して来られた皆さん、ご入学おめでとうございます。そして新しいお友達を待っていた在校生の皆さん、ご進級おめでとうございます。保護者の皆さま、ご家族の皆さま方にも心からお祝いを申し上げます。

いよいよ新しい場所、新しいステージでの学びが始まります。この時にしか感じることのできない、この新しいスタートを切るにあたって、リセットされたそれぞれの思いを大切に、前に進んでいってほしいと思います。

皆さんは「春」が好きですか。

鳥や虫や植物などすべてのものが一斉に動き出す季節です。

土の中に二粒の種があります。一粒はとても嬉しそう。もう一粒は何だかさえない顔つきです。嬉しそうな種は、早く地上に顔を出し、大きくなりたくて待ちきれない様子。一方、さえない顔つきの種は、地上になんて出なくていい。大きくなんてなりたくもないし、このまま土の中にじっとしているのが一番だ・・・と思っているようです。

さえない顔の種は、嬉しそうな種に聞きました。なぜそんなに地上に顔を出したいのかと。嬉しそうな種は答えます。だって春が来たんだよ。早く春を楽しみたいし、大きく根を伸ばし、芽も出したい。大きく成長して、蕾をつけて、きれいな花をいっぱい咲かせたい。こんなに素晴らしいことはないからと。

それを聞いていたさえない顔の種は、根を伸ばしたら何にぶつかるかわからないし、地上に芽を出したら、踏まれたりつつかれたりで、芽や茎が傷ついてしまう。だからじっとしているのが一番。花を咲かせるなんて、もっと大変なことで、誰かに引き抜かれたりちぎられたりしたら終わりだよ・・・と。

最後に、嬉しそうな種はこう言います。花を咲かせるのは、「春ですよ」とみんなに教えるため。春は、神さまが大きく成長するようにと与えてくださって、みんなで神様に感謝する季節だと。

嬉しそうな種は、このあと、すくすく伸びて、根を伸ばし、芽を出して、太陽の光をいっぱい浴び、春の風を受けながら成長して、ついにきれいな花をたくさん咲かせるのです。

わたしたちも、春を迎え、入学、進級の季節を迎えました。これは神様が皆さんに与えてくださった大切なものです。神様はこれをチャンスに、精一杯成長しなさいと「春」を用意してくださっておられます。

聖書・創世記28章15節には、「見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、・・・わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」とあります。

新しいこと、やったことのないことを前にすると、恐れや不安な気持ちになることがあるかもしれませんが、神様の約束を信じて、何事にも前向きに取り組んでいきたいと思います。「春」。この時を神様に感謝して、スタートしていきたいと思います。

 神様はいつも皆さんと共にいてくださいます。

                  校長 野口秀昭

校長先生からのメッセージ(3月)

2023/03/22

校長室

「卒業生への言葉」より抜粋

今年は記録的な速さで桜ソメイヨシノの花が開花しはじめました。学校の周辺の桜も数えきれないほど花びらを広げています。コロナ禍も落ち着き始め、マスクも個人の判断で自由となりました。人々の顔の全面を見ることができ、人の笑顔という花が咲き始めています。正にコロナ明けの春が到来といったところでしょうか。

今日は3月19日、サンイクの日です。

春のおとずれを感じる中、記念すべきこの日、本日、第64回三育小学校卒業式を挙行できますことを、感謝し、心よりお慶び申し上げます。

コロナ禍で、できないこと、変更になったこと、いろいろな制限の中で過ごしてきたこの数年間でした。当たり前とは何かを考えさせられる数年でした。しかし、6年生の皆さんは不足の中で、あるいは不自由の中でいろいろなことを生み出し、力を絞り出し発揮してきました。

これまでの人類歴史の発見、発明もそうでした。気づかなかったことに気づく、したこともなかったこと、思っていなかったことができるようになる。それが新しい文明・文化を生み出してきました。

コロナ禍の状況下で生み出されたことはいくつもあったのではないでしょうか。タブレットの使い方、ズームのやり方は大人顔負けの技術で、私も何度か6年生に教えられたこともありました。

コロナ禍にあっても、三育の伝統ともいえるファミリー活動に皆さんはとても熱心に、そして意欲的に、できる限りのことを取り組んでくれました。積極的に下級生のためになること、下級生が喜ぶように考え、行動していました。ここにいる14人は頼りになる頼もしい一人一人でした。その姿をもうこの学校では見ることができないと思うと、とても寂しいです。

皆さんはこれから新しい学校、新しい場所に出ていかなければなりません。何のために卒業し何のために出ていくのでしょうか。それは、皆さんが周囲の一人ひとりを幸せにするためです。あなたを通してイエス様が働き、あなたを通して幸せが広がっていく。皆さんはそのような存在なのです。どこにいてもだれといても、その居場所であなたが必要とされていきます。

「あなた方が私を選んだのではない。私があなた方を選んだ。」とイエス様は言われました。イエス様があなたを必要としているのです。皆さんが選んだモットーにある「主に信頼し、自分の分別には頼らず、あなたの道を歩く。」とは、だれかがあなたに出会い、だれかがあなたに接する道です。あなた方が、三育小学校のリーダーとして活躍し、下級生にやさしく接してくれた姿、その力をこれから行く先々であなたを必要としている多くの人たちが待っています。そのために今日、あなた方は卒業し、出ていくのです。

1年生から5年生の皆さん、6年生がいなくなるのは寂しいですね。今度は皆さんがひっぱっていく番です。6年生が残してくれた伝統を引き継いでいってください。

 卒業生の新しい歩みと、そして今後の新しい出会いに、また、ご家族皆様の上に、そして、教室からお祝いし参加している在校生の皆さんとそのご家族の上に、神様の豊かな祝福と導きがあるようにお祈りいたします。

2023年3月19日

横浜三育小学校校長 小原義信

校長先生からのメッセージ(3月)

2023/03/03

校長室

『何のために学校がある?』

学校は何をするところ? 何のためにある? と問われたとき、どのように答えるでしょうか。将来のために勉強する場、学問によって身を立てるための場、自己実現の場・・・などと答えることができるかもしれません。そして更に、三育では聖書の教えを通して、一人一人が成長するために学ぶ場、と答えることができます。

三育が目指す教育がどのように子どもたちに伝わり、意識されているのかを確かめたいと思い、卒業を間近にひかえた6年生にインタビューしてみました。

質問:「あなたにとって三育小学校はどんな存在ですか?」「自分にとってどんな意義がありましたか?」

答え:

「神様とつながり、神様と近づけた」

「心の支えとなる聖書を学べた」

「終末と言われる時代に神様の存在を知り、再臨を信じることができた」

「神様を第一にすることでみんなと仲良くなれたり交われたりした」

「これからも生きていく上で大切にするべきものを聖書から学べた」

「自分を自分のまま認めてくれた、ありのままでいいと思わせてくれた」

「同じ信仰と価値観をはじめて共感できた」

「友だちと神様と深く交われた」

「友だちと先生が大切な存在」

「ここで学んだ英語や音楽、聖書を、これからも活かすことができる」

他にも答えてくれた人がいますが、どれも深く自信に満ち、多くの児童が聖書や神様についての答えでした。だれもが即答でした。そして、私自身が励まされた答えでした。今年も予定されている卒業祈祷週では、もっと詳しく、深く、6年生が語ってくれることでしょう。

今世界中の様々な分野でSDGs(持続可能な開発目標)が取り組まれており、教育の分野でも教科書や教材で扱われています。最近読んだ本にもSDGsがべースとなった考え方「教育や学校は平和のためにある」「教育や学校において誰一人置き去りにしない(Leave no one behind)」といったフレーズがありました。(参考:『子どもたちに民主主義を教えよう』あさま社)

歴史上、かつて日本もそうであったように、教育や学校の目的が、全体主義や戦争に導くために存在し、悲しい歴史として刻まれてきたことがありました。現在も戦争をしている国々では、それが続けられているかもしれません。

世界中の多くの学校が平和教育を取り入れ、教育活動やカリキュラムの一つとして取り組んでいます。しかし今、「学校が平和のためにある」といった考え方を多くの教育の専門家や関係者が述べています。私たちの学校もそのようでありたいと思います。

先のインタビューの答えにあるように、平和の基である神様の存在を知り、尊び、神様の言葉(聖書)から多くを学んだ6年生たちは、世界に通用する人物であり、世界で活躍する人物となると言っても過言ではありません。彼らの将来が楽しみです。そして、試練や困難の時には神様の助けによって乗り越えていくことを知っている彼らの姿はとてもたのもしいです。

卒業していく6年生の将来のためにみんなで祈り、応援していきたいと思います。

「あなたの御言葉(聖書)は、わたしの道の光、わたしの歩みを照らす灯。」詩編119:105

ご家庭の上に神様からの祝福が豊かにありますようお祈り致します。

校長 小原義信

校長先生からのメッセージ(1月)

2023/01/31

校長室

「選択する力と、互いに学び合う場」

10年以上も前、NHKスペシャル「赤ちゃん・成長の不思議な道のり」という番組を観ました。同じタイトルで書籍も発行され番組の内容を復習しながら読むことができました。人間の一生で最も脳の潜在能力が高いのは、赤ちゃんの時期なのだそうです。生後間もなく歩くしぐさができたり、世界の言語や音の違いを区別できたりするなど、赤ちゃんの知覚能力がとても高いことが科学的研究から実証されてきました。ところが、一旦できたことが生後数ヶ月たつと、できなくなったり後退したりしていくのです。なぜそうなっていくかというと、後退というよりも、自分の環境に最も適した能力を選び、それを自らも、そして環境によっても鍛えられていくというわけです。また、家庭だけで限られた人とだけ過ごしているより、複数の赤ちゃんと接することで、身体能力がぐんぐん発達していくことも実験によって解明されています。人は、ある環境の中で必要な機能がただ自然に身についていくだけでなく、他の存在を模倣したり学習したりしながら、積極的な選択によって成長していくのです。

神様は、はじめに人類を創造されたとき、人を神のかたちに似せて完全なものとして創られました。更に、物事を選ぶという能力、考えを選択する能力を授けました。また、人はひとりでいるのは良くないと言われ、支え合い、学び合うために、パートナーを創られました。先の番組の赤ちゃんの潜在能力や成長の道のりに通ずるものを感じます。

正しい選択をする能力を活かしながら、また、他者との関わりを通して成長していくのは、どの年代の子どもも、大人であっても同じです。学校で学ぶ子どもたちは、友達を通して成長し、友達と一緒に成長していきます。友達がいるから、関わる相手がいるから、それにどう対応しうまくやっていくか工夫し選択していく訓練を日々しているのです。今日も誰かと接する中で学びがあったに違いありません。子どもたちの成長を、そして正しい選びを、今後も見守っていきたいと思います。

「兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。」ローマの信徒への手紙12章10節

ご家庭の上に神様からの祝福が豊かにありますようお祈り致します。

校長 小原義信

校長先生からのメッセージ(1月)

2023/01/10

校長室

『最も長く遅いマラソン』

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。どのような年末年始をお過ごしになりましたでしょうか。

お正月の話題の一つに箱根駅伝が挙げられますが、私もお正月になると俄かファンの一人として毎年注目しています。今回は公道での応援規制がありませんでしたので、初めて往路の小田原中継地点50メートル手前付近で見物してきました。多くの歓声や並走する関係車両、白バイなどの走行音の中に、間もなく襷を次の走者に渡そうとラストスパートをかけた選手の地面を叩く足音、ハーッハーッという必死の息遣いが、観ている方にもしっかり伝わってきました。中継地点に目を向けると、襷を渡し終えて倒れこむ選手を周りで介抱したり抱えたりする姿も見えました。自然とその場所は感動と声援で盛り上がりました。

数年前のNHK大河ドラマ「いだてん」の主人公でもあった金栗四三は、日本のマラソン史のパイオニアです。日本のスポーツ史として、また、日本人初のオリンピック選手として、とても大きな存在です。また、今年も盛り上がった箱根駅伝の創始にも尽力し大きな影響を及ぼしました。彼のマラソン人生を少しご紹介します。

1912年にオリンピックのストックホルム大会(スウェーデン)で、19か国68人の選手の一人が金栗四三でした。40度もの気温の中行われたこのレースは過酷で、参加68人中、完走できたのは35人。途中で気を失って倒れ、翌日亡くなった選手もいました。金栗も途中で意識を失い倒れてしまいました。

近くの農家の人が倒れている金栗を介抱します。金栗が目を覚ましたのは、既に競技も終わった翌日の朝でした。普通なら、競技を棄権したということになるのでしょうが、手違いで棄権の意思が大会本部に伝わらず、金栗は「競技中に失踪し行方不明」とされてしまいました。

それから55年後の1967年3月、金栗のもとに一通の招待状が届けられます。それは、「あなたは行方不明になっています。ストックホルム大会55周年の記念式典に来てマラソンをゴールしてほしい。」というものでした。76歳になっていた金栗は記念式典の中で、用意されていたゴールテープを切りました。スウェーデン・オリンピック委員会は「これをもってストックホルム・オリンピックの全競技日程を終了する」と宣言しました。

ここに世界でもっとも長く遅い公式マラソン記録が刻まれました。(54年8ヶ月6日5時間32分20秒3)

2023年がスタートしたばかりです。ひたすら自分の目の前の道(学んだり働いたり生活すること)を走り続けることや、与えられた持ち場で精一杯励むことは、人生というマラソンを走るうえでとても大切なことです。しかし、時にはうまく進めなかったり疲れてしまったりすることもあるでしょう。そこには応援する人、心優しい人、介抱してくれる人、そのような人々のおかげで再び走り始め、ゴールすることができます。長い時間をかけなければいけない時もあるでしょう。時々歩いたり、立ち止まったり、寄り道したり、休んだりしながら、それでもゴールを目指して進んでいきましょう。思いもよらない、豊かで喜ばしいゴールが待っているかもしれません。あるいは、「あなたは行方不明になっていませんか?ぜひ私のもとに来てゴールしてください。」という招待状が神さまから届くかもしれません。

皆様にとって新しい年がすばらしい出会いと喜びあふれる一年となりますようにお祈りいたします。

「なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。」フィリピの信徒への手紙3章13~14節

ご家庭の上に神様からの祝福が豊かにありますようお祈り致します。

校長 小原義信

   

校長先生からのメッセージ(9月)

2022/10/05

校長室

「読書の秋」

秋は「○○の秋」と言われるように、いろいろなことを楽しみやすい季節です。食欲の秋・スポーツの秋といろいろありますが、昔からよく言われているのが「読書の秋」です。確かに気候的にも過ごしやすくなり、夜も長くなる秋は読書には絶好の季節です。

10月27日は読書の日です。そして、その日から2週間は読書週間となり、読書を推進する行事が出版業界や図書館によって集中して行われる期間です。

1924年に日本図書館協会が、図書週間を制定していました。しかし戦争の影響で、一旦廃止されました。終戦後1947年、出版社・取次会社・マスコミなどが共同参加した「読書週間実行委員会」が改めて読書週間を制定し、現在に続いています。

1947年の再制定の目的は「読書の力によって、平和な文化国家を作ろう」でした。当時は終戦から間もない時期であるため、「平和な文化国家」がキーワードになったのでしょう。アメリカでは、11月16日から1週間、「チルドレンズ・ブック・ウィーク」という運動があり、戦後それを参考にしたともいわれています。いずれにしても、読書の日や読書週間は子どもたちに本に親しんでもらうことを目的として制定されたのです。

本校の図書室では、平和コーナーが設けられており、以前からあった蔵書や、新しく購入した平和に関する本が陳列されています。平和コーナーから自由に手に取ってその場で読んだり、持ち帰って読むために貸し出されたりしています。

このコーナーを通して児童が、本校の校訓を実践したり身近に考えたりするきっかけにもなってほしいと願っています。また、報道されているウクライナでのロシアによる軍事侵攻の終結が見通せない状況を毎日見せられている中、児童が、現在そして将来にわたり「平和を実現する人」(マタイによる福音書5章9節)になってほしい、という願いも込められています。

今は読書の仕方が多種多様になりました。紙の本を読むことだけでなく、タブレットやスマートフォンの普及でデジタル書籍を読むといった環境も整っています。新しいメディアが生まれ広まる時には、それが読書離れ、活字離れの原因と揶揄されます。確かにそういった面もあるかもしれませんが、形や種類が変化してもどの時代にも常に本はあり、図書室はあります。タブレットやスマートフォンで動画やゲームを楽しむだけでなく、様々な良書といわれるもの、子どもたちに触れてほしい本などを検索するのも、読書への関心につながることもあるかもしれません。読書の機会、活字に触れる機会をどれだけ確保するのか。これが親や大人たちに求められている課題です。

「読書は脳の栄養の素」といった記事を読んだことがあります。「読書は脳神経のつながりを強化し、加齢による認知力の低下を防ぎ、ストレスレベルを低下させ、長生きにつながることもある。」

親も大人も、自ら読む楽しさを味わい、読む楽しさを子どもたちに見せていきたいものです。以前に読んだ本でも、漫画でもいいから、読書週間に読んでみてはいかがでしょうか?

「あなたの御言葉が見いだされたとき、わたしはそれをむさぼり食べました。あなたの御言葉は、わたしのものとなり、わたしの心は喜び躍りました。」エレミヤ書15章16節

ご家庭の上に神様からの祝福が豊かにありますようお祈り致します。

校長 小原義信