校長先生からのメッセージ(7月)

2021/06/25

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「イエス様のように」祈る

 三育小学校において祈祷週は、とても大切な1週間です。今回は亀甲山教会牧師および本校チャプレンの小林勝先生が5日間お話をして下さました。イエス様がどんなお方なのか、イエス様は人に対してどのようなことをされたのか、聖書の物語や、いろいろな子どもの体験談などを交えてわかりやすくお話してくださいました。

お話の後には、各クラスで祈りの組をしました。また、昼休みには自主的にチャペルに来てお祈りする児童もいました。祈りの組とは、お祈りしたいことを挙げて、個人または2~3人組になって祈ることです。祈りの内容は、身近な人のために祈ったり、自分のことを祈ったり、あるいはコロナのため、世界の人々のためなど、様々です。

挙げられた祈りをいくつか紹介します。

・コロナが早く終わりますように。

・ワクチンを早く打てますように。(みんなが)

・小林先生が無事5日間話せますように。小林先生に祝福がありますように。

・家族がいつも元気でいますように。(おばあちゃん、おじいちゃん、お父さん、お母さん)

・お休みしているお友だちが学校に来れますように。(○○君の熱が下がりますように)

・自分にお友だちがいることに感謝します。

・イエス様のようになれますように。(神様に愛される人になれるように)

・いつも人を赦すことができますように。

・イエス様が早く来ますように。

・光の子として歩めますように。

このような祈りがたくさん挙げられ、玄関前の掲示板の「祈りの木」には400近くの祈りの言葉(葉っぱ)が貼られています。ほとんどが人のための祈り、あるいは人との関わりについての祈りでした。祈祷週は字の如く、祈る週です。聖書の話を読み、聞き、そしてたくさんの祈りが捧げられた1週間でした。これが普段も継続し、互いに祈り合える学校でありたいと思っています。

イエス様は、常に祈るお方でした。ご自分が苦しい時、試練の時に祈りました。弱い者のために、病気の人のために、空腹の人のために、慰めを必要としている人のために祈りました。そして、十字架の死の直前には自分の敵のために、迫害する者のために祈りました。だれかが救われ、喜び、希望を持つことがイエス様の祈りです。

「イエス様のように」とは、言動あるいは道徳的な姿もそうですが、祈りそのものがイエス様のようになることでもあります。校訓の「人にしてもらいたいと思うことを人にしなさい」とは、まず祈ることからはじめられます。私達も誰かの救いのため、喜びのため、希望のために祈り、してもらいたいことを自分も人にしてあげられるようにと願い祈るとき、きっとその祈りは神様に届き、叶えられるはずです。

ボンフェッファーという神学者の言葉です。「祈りは人の働きを促進し、肯定し、それに真剣さと喜びを与える。祈ることを通して、自分の存在を大切な一人の人間として神に受け入れられていることを感じ取り、自分の存在に自信を持ち、喜びと感謝をもって生きるようになる。」

今日も、祈りを通して自らを神様に委ね、祈りによってだれかを思い尊び、自分自身の存在を喜び感謝できる日にしたいと思います。

マルコによる福音書1章35節

「イエスは夜明け前に起き、ただひとり、人気(ひとけ)のないところへ行って祈られました。」

マタイによる福音書14章23節

「みんなを帰したあと、ただお一人になったイエスは、祈るために丘に登って行かれました。」

ご家庭の上に神様からの祝福が豊かにありますようお祈りいたします。

校長 小原 義信

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